銀色の鈴(お笑い資料室)

お笑い紹介、読書、日々の事々。

ジャック・ルーマン「上着」

読書ブログを始めることにした。

 

長編を読み進めながら、短編を1日1作読んで行くのが目標。

根気が無いのでぜってー続かねえと思うが…。

 

今回選んだ短編は、『世界の文学 文学の世界』(松籟社刊)より、ハイチの作家ジャック・ルーマン(1907~1944)の「上着」と言う作品だ。

 

(あらすじ)

セーヴルが、バーに入るところから始まる。

彼は、くつろごうとして、隣の席の酔っ払いを押しのける。

娼婦と船乗りの男が来店する。

セーヴルは、リキュールを飲むと暑くなり、上着を脱ぎ、壁の鋲に掛ける。

 

ミロンと言う隣の酔っ払いが絡んでくる。

ミロンは、セーヴルの上着を「首吊ったやつみたいだ」と言う。

ミロンはその自殺者の事を話し、「一日中詩を書いて、本を山ほど読んで、金は払わずさ。」と言う。

そしてミロンは、セーヴルの上着を自殺者に似てる、おんなじだ。と言う。

突然、セーヴルがミロンに尋ねる。

「死んだあとも、生はあるのか…もうひとつの生は、どうなんだ?」

ミロンは「いや、そうは思わない」と答える。

セーヴルも「おれもだ」と言う。

席を立ち、セーヴルは雨の中逃げる。

セーヴルは自宅にたどり着く。

かの女は寝台で、神さま、あの人があたしを強くたたきませんように、と壁ぎわに身を寄せ、お願いする。

 

セーヴルの独り言が聴こえ、椅子の倒れる音がする。

 

かの女は、セーヴルが寝たんだと思う。

時間が経ち、かの女が振り向くと、宙ぶらりんの死体を目撃する。

かの女は叫び声をあげる。

隣人たちが駆けつける。

 

(感想)

途中、詩人志望の自殺者の話が出て来た時にやっと解ったのだが、セーヴルはおそらく作家志望者なのだろう。

それを踏まえて読むと、冒頭の詩的な観察力や、娼婦を見て想像する所が、納得行く。

 

上着の象徴は、首吊り死体に似てるって事以外に、中身のない、上っ面だけの、薄っぺらい役割、人生、文学、人間って事もある。セーヴルは、そのように役立たずの人間、文学って宣告されたようで、自殺を選んでしまったのだ。

文学の現実生活、日常生活における無力さ、また文学志望者の挫折を思い出させられ、読んでて寂しくなる短編だ。

しかし、本当に文学は無力か?と言われれば、そうではない。主人公の気持ちに共感して、慰められる自分(僕)がいる。

何故慰められるのだろうか?

自分はこういう結末を避けようと思えるからだろうか?

いや、多分人間は挫折するものだと、相対的な価値観になって、ホッとするからだと思う。

 

セーヴルの生き方の何が悪かったのだろう…。おそらく彼は、これまで信じていた文学や生き方に挫折してた所に、さらに否定されて絶望してしまったのだ。

信じる物や希望を失っては、人生は不幸だ。

「もう一つの生はない」と言う考えも、キリスト教的な信仰を持ってないんだと思う。

彼に何か信じられるものさえあったならばこういう結末にはなってない…。

 

小説の人称が変わると、文体も変わるようなのも不思議だった。冒頭は、詩人的な描写。かの女に人称が変わると、必要最小限みたいな描写。

 

薄っぺらな感想でメンゴ。