銀色の鈴(お笑い資料室)

お笑い紹介、読書、日々の事々。

アンドレイ・プラトーノフ「砂の女教師」

今日の午前中、プラトーノフ(1899~1951 ソ連)の「砂の女教師」を読んだ。

 

プラトーノフだった。プラトーノフは1951年まで存命だったんだな。

題名が、安部公房の「砂の女」を想起させるよね。どうでも良いことやが。

 

うーん、どう感想書いて良いか分からない…。

 

(あらすじ)

マリーヤ・ニキーフォロヴナは、思春期らしい悩みを経験した後、学業を終え、教員となり、砂漠の地に勤務することになる。

初めは、砂漠の過酷な気候によって、子供たちが亡くなったり(その生徒は、砂のもろい墓に埋められた)、学校は上手く行かない。

マリーヤ・ニキーフォロヴナの堅固で、陽気で、勇敢な天性が消えはじめる。

 

しかし、ある長い夜の間、マリーヤ・ニキーフォロヴナは、何をすべきかじっと考える。

彼女は、砂漠を生きた大地にする技術を学校で教えることを思い付く。

 

彼女は、管区に請願書を書き、農民の署名を集めてセンターに出かける。

彼女には講師は与えられず、本のみが与えられる。援助は、百五十露里も離れた農業技師に求めるべきだと言われる。

マリーヤ・ニキーフォロヴナは笑い出し、お別れですという印に、笑顔で握手をして別れる。

 

二年が過ぎ、大変な苦労をして、公共事業に成功する。砂漠は少し緑が生え、生活は豊かになる。学校には子どもだけでなく、大人たちでもいっぱいになる。

マリーヤ・ニキーフォロヴナは、少しふとり、いっそう年頃の娘らしい顔になる。

 

砂漠における生活の三年目、緑は松とやまねこやなぎの植林だけという頃、災厄がふりかかる。

遊牧民がやってくる。緑と水の一切を飲み尽くし、踏み荒らして行く。

 

マリーヤ・ニキーフォロヴナは、遊牧民の族長のところへ、憎しみを持って行く。

族長は「おれたちが悪いじゃないし、あんたがたも悪いんじゃない、草が足りんのだ」と言う。

マリーヤ・ニキーフォロヴナは、「やっぱりあんたはごろつきよ!」「ソヴェート政権に訴えてやる」と言う。

族長は「故郷の草を食う者が罪人であるはずがない」と言う。

マリーヤ・ニキーフォロヴナは、内心族長は頭が良いと思い、報告書をもってセンターへ出かける。

センターの部長は、彼女に、村はあなたなしでもやっていける、と新たな地への勤務を提案する。

そこはサフータという遊牧民の村である。

マリーヤ・ニキーフォロヴナは「わたしが遊牧民の調教師だとでもおっしゃるんですか?」と返す。

部長は、遊牧民に砂漠の征服法を教えて欲しい、と提案する。

マリーヤ・ニキーフォロヴナは考え込む。青春を遊牧民のなかに葬り、やまねこやなぎの茂みの中で死なねばならないというのか、このなかば死んでいる樹木を自分の最良の記念碑と見なして?

いったい自分の夫、人生の伴侶はどうしてくれるのだ?…

 

それから、遊牧民の頭のよい族長と砂漠の民たちの複雑で、深遠な生活を思い出す。

そして、砂丘のなかに押し込められている二つの民族の出口のない運命の一切を理解すると、提案を了承する。

 

管区部長は、驚いて彼女のそばに歩み寄る。

そして言うのだ。「わたしゃとてもうれしい。…どうしてだかあなたにお気の毒で、なぜか悪い気がする。…御幸運を祈ります」

 

(感想)

社会に翻弄される、意志力のある個人。

マリーヤ・ニキーフォロヴナの人間的魅力。

 

族長も、管区センターの部長も結局彼女の偉業を横取りしたのだ。

利己的な組織。個人の人生を犠牲にする組織。

 

この作品で知った単語。

白軍…反革命側の軍隊

赤軍…革命側の軍隊

露里…ベルスタ。約1067m。