銀色の鈴(お笑い資料室)

お笑い紹介、読書、日々の事々。

ありがとう

昨日喫茶店で、女性の友人に偶然に久々遭い、喋って、色々感動した。

 

友人は、僕の話をちゃんと聴いてくれたのだった。

人間として、対等に接してくれたのが嬉しかった。

ちょっとギクシャクしてたと思ってたのだが、何事もなかったかのように優しく喋ってくれた。

 

何をそんな卑屈な…って思われるかも知れないが、僕、ミスター卑屈やからね笑。

僕は、軽んじられることが多いのだ。

 

そこで思ったのは、僕自身も、この友人のように振る舞おうと言うか、行動しようということ。

打算なく、屈託なく、他人を人間として、接しようということ。

偉く見せようとすると、他人も力むから。

僕は、自己中心的で、他人もあまり信じてない。

信じられる人は、信じて行こう、と思った。そして、他人に優しく接しようと思う。

 

その友人は、ただ大人の対応しただけで、「打算たっぷりよ」とか言いそうやけどもね笑。

 

また、その友人とLINEをしてて、少々愚痴っぽいこと送ってしまったので、他人には頼るべきではない一線ってあるな。と思い出した。

病んでる人は、そこを出しがちで、甘える事も時には必要だけど、結局は自分で責任取って行動しないと。

 

フッ、自己啓発的になってきたな笑。

 

疲労でヤケになって、この考えも忘れるかも知れないけど、人間的に接してくれたことで、かなり自信になった。

 

ありがとう、友人。

 

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好きなエミリ・ディキンスンの詩

 

ひとりの心がこわれるのを止められるなら

わたしが生きることは無駄ではない

ひとつのいのちのうずきを軽くできるなら

ひとつの痛みを鎮められるなら

 

弱っている一羽の駒鳥を

もういちど巣に戻してやれるなら

わたしが生きることは無駄ではない

 

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そういえば、喫茶店に友人が来る前、外国人のおばちゃんが二人来ていた。

目を丸くしたり、人をなだめたりする仕草が、かわいくてユーモラスだった。

レイモン・クノー、マラマッド、フェリーニウディ・アレンの作品のよう。

大阪のおばちゃんに特有のジェスチャーがあるみたいに、アメリカのおばちゃんにも特有のジェスチャーがあるんだと思った。